孤独に少子高齢社会を楽しく生きる

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今回は、孤独に少子高齢社会を楽しく生きるでお話をしたいと思います。

 前のBLOGで嫌老社会のことをお話ししましたが、これからは、本当の嫌老社会が訪れる嫌われる老人社会になる可能性がある。これは、五木寛之氏の”孤独のすすめ”で紹介されている一説であります。その中で紹介されている問題を紹介しながら進めていきます。

 日本は、世界から注目される2つの問題を抱えています。日本人のように知恵と能力を持ち、知識水準の高い国民がどうやってその難問に立ち向かうのか、その問題とは、使用済み核燃料の処理の問題です。もう一つが、超高齢社会の行方。 中略 私もたまに感ずるのだけど、若者が集まる喫茶店などに足を踏み入れると、すーつと空気が冷める気配になる。露骨ではないにしろ、いわば「嫌老感」とでも呼ぶべき風潮が世の中に広がり始めているのかもしれません。

 実に嫌な話ですが、今後の社会を考えれば、嫌ですまされない事実だと思います。今は、まだいい時代なのかも知れません、いつも行く喫茶店 コメダで朝モーニングコーヒーを飲んでいるのは、ほとんどが老人の方ばかりです。(これは、私も含んでいます。) 仕事の打ち合わせなどで、現職の若い世代の方も見えます。かたや年金などで、喫茶店で時間をつぶす方もお見えになっています。若い時代に働いて貰っている年金なので、本人は当然だと思って見えますが、次世代の人から見れば、これから高齢者の年金や医療・介護費がこの国の財政を圧迫していく事。次世代の方から見れば、自分たちは、その恩恵を受けられる保証はなく、「しっかり働いて、なぜ今の高齢者だけがいい目をみるのか」という感情が高まってくることが、考えられる。このように五木寛之さんも考えて見えます。その時何がおこるのか、

 若い世代と高齢者との溝が深くなり、高齢者にとっても若い世代の方にとっても厳しい時代に突入し、いわゆる対立に発展していくかも知れまん。 これまでのように高齢者が、ある時期になったら悠々自適な生活は、もはや過去のことになってきています。これからは、高齢者自身の自立が必要になってくるように思います。その為には、経済的な基盤が必要になってきます。

 その為には、50歳ぐらいから次の生活を考えなければなりません。60歳~65歳に定年になったからでは、私は、遅いと思います。やはり5年~10年の準備期間が必要になってくると思います。実行しなくても頭の中で考えるだけでいいと思います。そうする事でだいたいの構想は出来るように思います。

 そうして60歳か65歳で定年を迎えることになります。いよいよ考えていた人生を進むことになります。私が思うことに、やはりそれからの人生は、人に左右される人生には、決して満足は得られないと思います。そのためには、経済的な用意、何をするのかおおよそ決定、家族の支援 などがあれば進むことが出来ると思います。それから健康に注意し収入を考えいくことが必要になると思います。

 とにかく、定年後は楽しく共に生きることを考えてみませんか? 

 谷汲山にお越しの際は、是非私のお店にお寄りください。

HPアドレス kikukaseki.net

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