茶の湯の心と石の観賞は、同じ

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今日は、茶の湯の心と石の観賞は、同じ と言うことをテーマにし、お話ししたいと思います。

 私は、少し茶の湯を学びました。その中で、石の観賞と比べると実に、時代背景からその心と言うか、茶の湯では、詫び、寂びと表現しますが、石の世界でもよく似ていることに気がつきます。石の世界にも詫び、寂びを感じることが出来ます。

 石を床に飾るとき、掛け軸の真下に飾るのではなく、少し中心から離して飾ります。茶の湯も真下に花を飾るときは、少ないようです。さらに掛け軸に山のものを飾った場合、茶の湯の場合 野の花を飾ります。石の場合は、あまり詳しくはないので、はっきりとは言えませんが、おそらく川ずれか、海に近い石を置くのではないかと思います。 これは、茶室の場合は、山野一体を表現し、大自然を部屋の中の取り入れることです。そうすることにより、自分も自然の一部分として心を落ち着かせる。と言うものです。

 石の場合も同じで、雑誌「愛石」で、石を愛して宇宙大自然・山水風物詩の世界を神遊している。 山水景情石・形象石・紋様石などにより宇宙大自然や山水風物詩の世界を「神遊」し抽象石・心象石などのより無限の宇宙空間を「神遊」していると感じている。愛石家にとって、石は「宇宙大自然そのもの」であり愛石家は、俗世間を離れて宇宙大自然の中を「神遊」している。と書かれています。

 茶の湯の世界も自分を自然の一部として考え、石の世界もその一部と考えられるのではないかと思います。

  次回には、糸魚川の姫川の翡翠を見てきましたので、その報告もしたいと思っています。下の写真は姫川の翡翠会館の玄関に飾られていた様子です。

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