石(意志)の強さ 強い意志(石)を持て (重荷になってたまるか)

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今回は、また 石(意志)の強さ 強い意志(石)を持て (重荷になってたまるか) をお話ししたいと思います。

 私もこの1月で63歳になりました。少し前ならば、高齢者の仲間入りです。現に老人クラブなどのサークルなどからお誘いもあります。 自分では、高齢者などと言う気持ちは、更々ありません。これからの日本は、少子高齢社会に突入していきます。マスコミなどでも盛んになぜか暗いニュースばかりが、報道され 老人が、社会のお荷物ってなっているようにも聞こえます。 確かに年金にしろ、健康保険にしろ現在の現職の若い人から見れば、社会構成をみれば、自分たちは負担ばかりで後々十分な給付は無理だろうと すでに諦めの気持ちでいっぱいになってくると思います。

 私たち年配者も今後も年金、医療費は、大丈夫なのか?と心配する人もきっと多いと思います。こうなると日本全体が、暗く今のところ明かりが見えない状態に益々なっていくように思えてなりません。

 しかし、嘆いていても何も始まりません。今、私が思うのは、若い人たちに、もうこれ以上負担させるのは、今後ますます無理になってきます。子供の数も特殊出生率が上がらない上に社会保障制度も最早これ以上期待するのは、不可能な事で、若い人たちに負担を考えるのではなく、自分たちも自立した生活を考える時代が訪れたのではないか。 その為には、やはり働けるうちは、働こう、その為の計画を私たちの年代が、集まり話し合いをし進めていくことが必要になってくる。ただ、自立の道は、いつの年代でもつらく、しんどいものだと思う。この間、ある70代の人とお話をしたとき、小学校、中学校、高校ぐらいは、それほど人生に差はなかったが、今では、相当の開きがある。と言ってみえたことが、印象的であった。 何かの原因であまりに開きが出てしまった人が、同じようにお話しすることは、すこし無理がある。 その為には、同じような環境、同じような人生を過ごした人が、集まるのがいいように思う。

 結論であるが、今、無理なく付き合える人は、歳をとれば、少なくなっていくが、同じような意志を持つものが、集まり計画を話し合ってはどうか? 抵抗はあるが、これからの社会をもう一度つくっていくしか、ないのではないか、  五木寛之さんの孤独のすすめ の中で、「豊かで元気な」高齢者に対する嫌老感が、広がっている。それも昔から老人を邪魔者扱いする風潮などとは、違った 本格的な嫌老社会がおとずれる 別の言い方をすれば、世代間抗争など、と何か恐ろしくも思えてくるが起こってきている。その為には、自分たちで生きることをもう一度考えてはどうか? 「重荷になってたまるか」

今年88歳になった私の母親です。元気に私のお店で働いていただいています。

是非、谷汲山に参拝の際は、お寄りください。

HPアドレス kikukaseki.net

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