サラリーマン時代には、無縁だった 確定申告

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 あっという間に3回目の確定申告、今 書類を作成しています。

 サラリーマンの時代は、無縁だった確定申告、無縁と言ういい方は、すこし違うのかも知れませんが、医療費控除や途中で退職した人など、その他としては、何かの理由で年末調整が出来なかった人は、確定申告をしなければなりません。申告の経験のある人は、分かると思いますが、医療費控除などで、税金が返ってくる人は、いいのですが、私のような自営業などは、うっとうしいだけです。しかし、申告は、義務なのでしなければいけません。

 しかし、私の場合、必要経費が収入を上回りかえって年金や、その他太陽光発電の収入までなくなってしまいます。いま戦後最長の景気の回復と言われていますが、皆さんは、どう思いますか?私の場合景気回復などは、していないという実感です。これは、社会保障費や税金などが上がったために返って所得は低くなっているためだそうです。このため各家庭では、消費を抑えてみえるそうです。

 今は、いいのだが将来は、大丈夫なのか?と皆さんが思っているため消費は、伸びないそうです。youtubeなどでも、現業で働いている人の給料明細などを見せたり、給料が低い業務などの紹介が多いのもそのためだそうです。

 今後、人生百年時代になっていきますが、子供を育てリタイアしたら次世代の世話になって老後を送ることは、この超高齢社会では、おおよそ無理なことになってきます。しかし不安な気持ちで生活を過ごしてもやはり暗くなるだけで、良くなることはない。ならばいつまでも自分のことは、自分でするという気持ちを持ってはどうか、そのためには、経済的な自立が必要になってくるのだと思います。

  そのためには、年金だけでは今後無理な時代が来ます。是非、何か収入が入ってくる計画を持つことが必要になってきます。それも自分が本当にしたかった事の延長であれば、なおよいと思います。

次のBLOGでは、生き生きと生きる をお話ししたいと思います。

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茶の湯の心と石の観賞は、同じ

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今日は、茶の湯の心と石の観賞は、同じ と言うことをテーマにし、お話ししたいと思います。

 私は、少し茶の湯を学びました。その中で、石の観賞と比べると実に、時代背景からその心と言うか、茶の湯では、詫び、寂びと表現しますが、石の世界でもよく似ていることに気がつきます。石の世界にも詫び、寂びを感じることが出来ます。

 石を床に飾るとき、掛け軸の真下に飾るのではなく、少し中心から離して飾ります。茶の湯も真下に花を飾るときは、少ないようです。さらに掛け軸に山のものを飾った場合、茶の湯の場合 野の花を飾ります。石の場合は、あまり詳しくはないので、はっきりとは言えませんが、おそらく川ずれか、海に近い石を置くのではないかと思います。 これは、茶室の場合は、山野一体を表現し、大自然を部屋の中の取り入れることです。そうすることにより、自分も自然の一部分として心を落ち着かせる。と言うものです。

 石の場合も同じで、雑誌「愛石」で、石を愛して宇宙大自然・山水風物詩の世界を神遊している。 山水景情石・形象石・紋様石などにより宇宙大自然や山水風物詩の世界を「神遊」し抽象石・心象石などのより無限の宇宙空間を「神遊」していると感じている。愛石家にとって、石は「宇宙大自然そのもの」であり愛石家は、俗世間を離れて宇宙大自然の中を「神遊」している。と書かれています。

 茶の湯の世界も自分を自然の一部として考え、石の世界もその一部と考えられるのではないかと思います。

  次回には、糸魚川の姫川の翡翠を見てきましたので、その報告もしたいと思っています。下の写真は姫川の翡翠会館の玄関に飾られていた様子です。

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算命学って知っていますか?

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 皆さんは、算命学って知っていますか? では、天中殺って 聞きたことは、ありませんか、実は、この天中殺こそが、算命学なのです。

 天中殺とは、何をやってもうまくいかない時が、12年の内2年間が回ってきます。この時は、事をおこすと必ず破滅になると言うものです。聞きたことが有る人は何か怖さだけが、先にたちそれ以上は知りたくない。と言う気持ちになった人も見えるのではないかと思います。この時期に結婚、転職、引っ越し、新築といった事をすると、必ずと言っていいほどうまくいかない と言うものです。

 今回のお話は、脅かすのではなく、それを利用し、人生を楽しく生きる、というものです。では、天中殺とは何かを説明していきます。

 時を表すのに12支があります。 子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥というものです。 それに対して空間というものがあります。甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、葵 の10干があります。この12支と10干をそれぞれを組み合わせていきます。そうすると、12支のうち2つの支は、二つ絶えずはみ出すことになります。このはみ出した2つ つまり2年間が、天中殺になる訳です。つまり子の生まれの例を示すと 下の図に様になります。

12支  子、丑、寅、卯、辰、巳、午、未、申、酉、戌、亥

10干  甲、乙、丙、丁、戊、己、庚、辛、壬、葵

 つまり合わない 戌、亥のこの2年間が、天中殺になるというものです。この天中殺は、すべての人に当てはめた場合、戌亥天中殺、申酉天中殺、午未天中殺、辰巳天中殺、寅卯天中殺、子牛天中殺の6つの天中殺に分けることが出来ます。

 それでは、それぞれの人生に当てはめて考えてみます。私の場合 午未天中殺で人生を振り返ると28歳から30歳 38歳から40歳 48歳から50歳 58歳から60歳 迄が天中殺でした。各2年間は、自分の思ったようにいかなかった事が、多かった。と言うか頭にくるようなことが多かった。

  天中殺によっては、それぞれ違ってきます。が、これを利用して、自分の人生を考えていけば、危ない時は、じっと我慢し耐え忍べば、その後は上昇運に恵まれると言うことです。要は、天中殺の時にどのように身を振ればいいのかを考えていけば良いのです。 私の場合は、58歳から60歳の時、あえてその場に残り時の過ぎるのを待ち事業を開始いたしました。 これは、天中殺の時に起こした事業は、必ず破綻をきたすことが分かっていたからです。私の場合、今は上昇運に恵まれています。この後2年後には、代2波の運気が待っています。その時には、新しい事業もまた開始する予定です。

 この天中殺の関係が、皆さんからのリクエストがあれば、今後、細かい関係も紹介していこうと考えています。

谷汲山に参拝の際は、是非お店にもお寄りください。心よりお待ちしています。

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見えるのに手に入らないもの

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。

 私は、だいたい朝7時に目を覚まし、顔を洗い、歯を磨いた後は、仕事に出かける前に、車で近くのコメダという喫茶店に行き、モーニングで朝飯をとるのが、日課です。 時には、朝の散歩に出かけます。今日は、その散歩に朝6時に起きたために出かけました。だいたいこれもコースが決まっていて回るところは、同じです。そんなにあることでは無いのですが、たまにお金を拾うことがあります。今までに、500円、100円、10円と拾ったことがあります。今回は、いつも歩く3.5メートルほどの水路の際の道を歩いていたら、水の中にどうもお金らしいものが、あるのが目につきました。よく見るとなんと500円玉ではないか、すごく嬉しくなりさあ拾おうと思い近ずくと、これが非常に困難なとこに気がついた。水路は、危険防止のため役1メートルぐらいの柵が貼ってあり、更に悪いことに水の深さ いわゆる水深約1.5ほどありました。水の温度は、なんせ1月の半ばなので、おおよそ3°Cくらいではないかと思います。悪い事に川の流れは早い。

 近くに何か、挟むようなものはないか と 随分探したのだが無い。さんざん思案したのだが、名案が浮かばない。そんなことをしているうちに時だけが、どんどん過ぎていってしまった。

 結論から言えば、随分危険なことも試みたが、駄目であった。これと同じようなことが、実は多くあるのではないか、そんな事を思った寒い朝の出来事でした。

 結論から言えば、随分危険なことも試みたが、駄目であった。これと同じようなことが、実は多くあるのではないか、そんな事を思った寒い朝の出来事でした。

 谷汲山にお越しの際は、是非 天恵の里へお寄りください。心よりお待ちしています。

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現在の谷汲の様子です

ミステリーツアーに参加して 翡翠との遭遇 先の見えない不安と期待

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。今回は、ミステリーツアーに参加して翡翠との遭遇 先の見えない不安と期待という事でお話をしたいと思います。

 新潟県のとある温泉 

この1月24日から26日までクラブツーリズムによる、ミステリーツアーに参加してきました。行き先が、分からないということで、ミステリーなのですが、旅行会社が、計画をたて参加者に教えないだけのツアーなんですが、以外とこれが面白かった。何が面白いのかと考えてみたのだが、行き着くところが、分からないのが面白い。北に行くのか、南に行くのか、少しではあるがワクワクしました。 まあこの時期だから、おそらくは南の方に行くのだろうと思っていたが、行き先は、信州から新潟を回るツアーでした。非常に雪深い中を回ってきました。

 まあ旅行会社のツアーだったので、安全で安心であった。行き先は、教えられていないが、計画はきちんと立てられているから、先の分からない事に、何か期待することもありました。これが、旅行会社の狙いであることは、容易に推測できます。

 しかしこれが、どこの誰かが、わからないまま連れられて行くのならば、どんなに、不安と恐怖にかられ、心が落ち着かないことだろう。まして期待することなど皆無であろう。しかし今回このツワーに参加して新潟の糸魚川市にある翡翠会館フォサマグナムュージアムに連れてきていただきました。通常ならば、そんなにいけない所だったのです。このところで、翡翠が国石にしていされていることも知りました。このツワーに参加しての最初のサプライズでした。

 これと同じことが、人生という旅にも言えるのではないかなと、今痛感しています。もし何処の誰かが、分からない人が、計画を立てそれに従っていたならば、ものすごく不安で怖いものになってくる。

 やはり計画は、自分で立てたものならば、結果は不安がつきまとっても、期待に身も心もきっと胸が躍るだろう。そして、こんな時代になったのだから、たとえ おっちゃんになっても、計画をたて近未来にワクワクする心は持ちつづけたい。しかし、このことは、非常に大切ではないか、と言うことを今回のツアーを通して感じました。

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俺は、太陽か、(???)番外編

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今日は、”俺は、太陽か、”と言うテーマでお話を進めたいと思います。

 私が、まだ20代の時に”〇〇の服の脱がし方”という本があり、その本を手にした時 何かすごい宝を手にしたような気分になったことがあります。(断っておきますが、昔の話です。)その本を一枚めくると若い女性が、裸で胸とあそこを手で隠している写真が何枚も載っていました。今のようにビデオショップなどというものが無くせいぜい いわゆるエロ本が精いっぱいの時代であそこは、黒で塗りつぶされていたり、モザイクが施されていました。ただ驚いたことに、この本を書いているのが、確かどこかの短大の助教授だったのを鮮明に覚えています。 内容は、と言うと今では、もうはっきりとは、覚えていませんが、とにかく女性を安心させその気にさせる。

  そう言えば、よく似た話が、確かイソップ童話にあったな 確か、太陽と北風 という話の中で、太陽と北風が、旅人の服を脱がすことを競争する。 と言う話であるが、最初、北風は、強い風でその旅人の服を飛ばしてしまおうとしたが、かえって旅人は、服をしっかり握りその服は飛ぶことは、なかった。それに対して太陽は、暖かい日差しで、旅人を包み、最後には、旅人を裸にしてしまう。という話であるが、今の時代、SNSなどで個人の映した写真などが、ネットの中で拡散し、ひよっとすると大変なことになる事がありますので、女性の方は、十分注意してください。

 現代は、男女平等が普通になり、昔みたいに「俺についてこい」と言うのは随分少なくなった というか あまり聞かなくなった。良い悪いは、別にして、その分、男性がすごく弱くなり、女性が強くなりました。 経済が落ち込み、第二ベビーブームの人たちが、学校を卒業する時、就職氷河期に入り会社の正職員として就職できなかったことが、結婚できない要因だと言う人が多い。色々な意見があるので、何とも言えないとないが、男が女をリード出来なくなってきているのもうなずけます。これが、少子高齢化の一要因であると言われる方も見えるようです。 しかし世の男性諸君は、これもまた良しというように思ってきたのか、実は楽なんです。(私も含めてですが)現代は、結婚しなくても性を満足させることも多くなった。その結果かどうかわからないが、男性の精液が薄くなったのではないか、

 しかし、男性諸君 もう一度 女性に”すてき”と言わせその気にさせようではないか、

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60歳からの面白い事探し(あの時は )

 時の流れに身を任せ —–

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。

 今日は、遊んで、学校を卒業した私の思い出と現代を比べてみました。

 私たちの大学時代は、(今から40年程前)自動販売機が町中に設置され、ジュース、ビールは当然ですが、うどん、ラーメン、ハンバーグといった自販機が設置され始め、その後には、自動販売機を集めたオートスナック(24時間営業)なるものが、出来始めました。

 その中にゲーム機(今とは、比べものにならないゲーム機)が色々と設置されました。ゲーム機には、車ゲーム(ミニカー車とハンドルがついていて動く道路を操作するもの)、海賊ゲーム(海賊のおもちゃに赤い旗と白い旗を持たせ 赤あげて、白上げないで赤下げない と言った具合)、フリッパ(鉄の球を丁度イルカのヒレみたいなもので弾かせ点数を上げていく)、コインゲーム(今でもあるが、現代ほど立派なものではなかった。)などが、設置されていました。

 自分もそのゲームにはまり、朝近くまで過ごしたことがありました。

 そんなオートスナックが、至る所に出来ていました。其の後、オートスナックもその時代において、大きくなってきました。

 この時代は、どうも自動販売機の業者が土地を持っている人に、儲かるからと言うように営業をかけていたみたいです。

 丁度 現代で言えば、どこかの〇〇建託のようにアパートを建てていく事とよく似ていると思います。

 その内 無人であるお店が多いためにモラルが非常に悪くなったようで、自販機の景品などが、盗まれたり、不良の溜まり場になり、無人のオートスナックがだんだん消えていったようです。

 今回は、その当時のゲーム機の変化ばかりでは無く、そこで遊んでいる人の変化でにも注意してみました。

 当時は、私たちのような大学生、子供ずれの親子などで、女性の方や歳のいった老人などは、一人もいなかった記憶があります。

 そう言えば、パチンコなどども女性の方などはお見えにならなかった。

 あれから40年(どこかで聞いたような言葉)

  今日 ある大型スーパーに家電を買いに行った時ゲームセンターがあったので、少し覗いてみました。

 遊んでいる人は、ほとんで平日ということもあり、老人ばかりでした。女性の人もお見えになりました。

 すごく、変わった と 言うことである。

今のゲーム機です

 変わったことと言えば、鴨頭先生のYouTubeの講座でもよく講演されることだが、何十年前に現在の事が予想できた人が、何人いるか? 

 例えばスマホの普及は、ポケットベル時代やその前に、今の状況を何人の人が予想できたのか? 今のようにすべての世代が使うことが予想できただろうか?

 つまりこれを予想できた人が、大きな利益を得ることになり、今後もまだまだ変わることが多いだろう。と予想されます。

 しかし、どんな時代が、流れについていかないと生きてはいけなくなるだろう。

 今、まさにコロナで大きく時代が変わろうとしています。

 是非、私たちオジサンも時代の流れに負けず、今までの経験と新しものを見ていく中で頑張っていきましょう。

 まだまだ、色々な事を考え実行していけば、明日はきっと面白くなっていくと思います。

 その為にも頑張っていきましょう。

 「石の中にも花が咲く、まして人の人生に花が咲かない。

   人生は、終わり良ければ全てよし」

 私のお店は谷汲山の参道にあります。

 参拝の時は、是非、お寄りください心よりお待ちしています。

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さる ものは追わず

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今日のテーマは、「さる ものは追わず」でいってみたいと思います。皆さんは、猿の集団が家の屋根の上を渡って行くところを見たことがありますか?

猿です。

 実は、今、1月22日なのですが、お店の谷汲山の方に 猿 が何十匹と出没し、時々私のお店の上を並んで走っていきます。ちょうど何処かのテレビで電線を猿が、一列になって通っていく様を放映していましたが、まさにその通りです。そうして、近くの畑の大根やら根木などを集団で、畑全体をすべて食い散らしていきます。 折角丹精込めて作った野菜が、収穫時にやって来てすべてを食べて、また違う畑に行くのです。 余りの酷さに住んでいる畑の持ち主は、頭に来ています。栽培者の人は、爆竹や花火で脅かすのですが、その時は、退散するのですが、人がいなくなると又、出てきて、残っている野菜などを食べに来ます。 さらに厄介なことは、店屋に並べてある商品なども、人の目を盗んで取っていくのです。とっさの事なので、思わず近くに落ちている、石を拾い猿めがけて投げるのですが、これは非常に危険な行為なんです。 猿真似といって猿も人に石を投げるようになります。小さい子供などにも投げるようになるのです。 猿は、イノシシや鹿のように鳥獣駆除の対象にどうもなっていないみたいで、年々その数は、増えてきているようです。幸い私の店は、今のところ被害はないのですが、ほかの人たちは、非常に困って見えるようです。今のところこれといった対策は、無いようです。

 しかし、駆除もできない数は、増えるということでは、非常に困ったことです。 何か、この猿のよい利用方法があればいいのですが、そんなのは、簡単に見つかるとは思えません。 更に、いつもこの季節に出てくるのです。この1月にだいたい毎年出没するようで、ある時期がくると、いなくなるのです。おそらく山の中に食べ物が、無くなったら降りてくるのだと思います。で対策としては、脅かしながら時期を待つ以外は無いようです。早く猿よ何処かに行ってくれ 猿よ去れ私たちは、おまえたちがいなくなっても決して呼び止めることは、しないから 猿(去る)ものは、追わず

 谷汲山にお見えの際は、是非猿を見つけてください。ただし持っている物は、猿に取られないようにしてください。

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石(意志)の強さ 強い意志(石)を持て (重荷になってたまるか)

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 今回は、また 石(意志)の強さ 強い意志(石)を持て (重荷になってたまるか) をお話ししたいと思います。

 私もこの1月で63歳になりました。少し前ならば、高齢者の仲間入りです。現に老人クラブなどのサークルなどからお誘いもあります。 自分では、高齢者などと言う気持ちは、更々ありません。これからの日本は、少子高齢社会に突入していきます。マスコミなどでも盛んになぜか暗いニュースばかりが、報道され 老人が、社会のお荷物ってなっているようにも聞こえます。 確かに年金にしろ、健康保険にしろ現在の現職の若い人から見れば、社会構成をみれば、自分たちは負担ばかりで後々十分な給付は無理だろうと すでに諦めの気持ちでいっぱいになってくると思います。

 私たち年配者も今後も年金、医療費は、大丈夫なのか?と心配する人もきっと多いと思います。こうなると日本全体が、暗く今のところ明かりが見えない状態に益々なっていくように思えてなりません。

 しかし、嘆いていても何も始まりません。今、私が思うのは、若い人たちに、もうこれ以上負担させるのは、今後ますます無理になってきます。子供の数も特殊出生率が上がらない上に社会保障制度も最早これ以上期待するのは、不可能な事で、若い人たちに負担を考えるのではなく、自分たちも自立した生活を考える時代が訪れたのではないか。 その為には、やはり働けるうちは、働こう、その為の計画を私たちの年代が、集まり話し合いをし進めていくことが必要になってくる。ただ、自立の道は、いつの年代でもつらく、しんどいものだと思う。この間、ある70代の人とお話をしたとき、小学校、中学校、高校ぐらいは、それほど人生に差はなかったが、今では、相当の開きがある。と言ってみえたことが、印象的であった。 何かの原因であまりに開きが出てしまった人が、同じようにお話しすることは、すこし無理がある。 その為には、同じような環境、同じような人生を過ごした人が、集まるのがいいように思う。

 結論であるが、今、無理なく付き合える人は、歳をとれば、少なくなっていくが、同じような意志を持つものが、集まり計画を話し合ってはどうか? 抵抗はあるが、これからの社会をもう一度つくっていくしか、ないのではないか、  五木寛之さんの孤独のすすめ の中で、「豊かで元気な」高齢者に対する嫌老感が、広がっている。それも昔から老人を邪魔者扱いする風潮などとは、違った 本格的な嫌老社会がおとずれる 別の言い方をすれば、世代間抗争など、と何か恐ろしくも思えてくるが起こってきている。その為には、自分たちで生きることをもう一度考えてはどうか? 「重荷になってたまるか」

今年88歳になった私の母親です。元気に私のお店で働いていただいています。

是非、谷汲山に参拝の際は、お寄りください。

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石を投げる 銭形平次

 こんにちは、天恵の里、岐阜銘石本舗BLOGの渡辺です。 皆さんもよく知っている、銭形平次、私たちの青春のいちページです。 放送が、始まると銭がぴゅと飛んできて、主題歌が始まる。悪い奴を、いざという時、さっと出てきて銭を投げやっつける。見ている方も何とも言えない痛快な気分になったものです。

 必ず悪い奴が、誰が見ても悪いことをし、自分の懐だけを肥やしている。しかも一時間の中で必ず解決されていく。見ている方も、安心して見ている事が出来た。 当時、自分も将来は、悪い奴にならずに、必ずやっつける方になろう、などと思っていた。しかし社会へ出て感じたことは、悪い奴も、良い人もはっきりとはわからないと言うことだった。ただ悪い奴もテレビに出てくるように、悪人ずらをしている人が、必ず悪い奴だとは、限らなかった。 人は、顔じゃない。

 話は、本題に入るが、投げるシーンは、いつも見ていたが、投げた銭をいつ拾うのか、時々疑問に思ったことがありました。悪人の顔や、持っている刀などに投げた銭は、なかなか拾いにくいのではないか? そうなら 最初から拾う必要のない石でも、投げたらよかったのではないか? 石ならば、何処かで調達も簡単である。何か、丈夫な袋に入れそれを持っていればよかったのではないか、 まあしかし、それでは番組は成り立たないか、そんな事を考えるのは、私だけか?

 話は、がらっと変わるが、まだ就職したての頃、給料もまだわずかな時、なけなしの小銭を財布に入れ、夜の街に出かけたものでした。 まだまだ若い時代心が、わくわくしているのを、自分でも感ずるほど興奮し ちょうどこの銭形平次を見ていた時の気分でした。 「男だったら一人にかける」などと 訳の分からない替え歌を歌い、お店を回るのだが、入った時に 「いくら持っているの?」と聞かれ財布の中を見せたとき いとも簡単に 「お札を持ってきなさい」と言われ しぶしぶ そこらの安い飲み屋に落ち着くのが常であった。 

 んーーー そう言えば、受験生ブルースという歌の中で、やけのやんぱち 石投げた。 そんな曲あったな。

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